チャンドラです。
だいぶ昔のこと、本だったかブログだったか何かでこのような文章を見た。
「日本人は英語を話せないのではない。話す内容がないのだ。」
出所は忘れたが、この言葉だけは鮮明に覚えている。何故ならば今の自分にかなり当てはまっているからだ。
私の会社の取引先は海外企業なので契約書もメール・電話のやりとりも全て英語。英語で外国人と業務に関連するコミュニケーションとることに苦労は感じない。自分の言いたいことは英語で言えるし、相手の言っていることも早口でなければ理解できる。
それがパーティーや飲み会で外国人と話すとなると、話すことができなくなる。
好きな日本の食べ物は何か、日本のどこに行ったことがあるか、など表面的な会話しかできない、話が弾まない、盛り上がらない、食事も美味しくない、早く帰りたい。。。
相手がイタリア人なら勝手にペラペラ喋ってくれるので気が楽なのだが、真面目系のアジア系の人ならば会話が無くなってしまうことも。
業務ではあれだけ英語で議論できているのに、業務外でどうしてこんなに喋れないのか、と振り返って時、やはり自分には話す内容がないのだと感じる。
ではどうして話す内容がないのかというと、やはり業務上必要な知識に比べて他の知識、例えば時事問題の知識や一般教養の知識の獲得に対して貪欲になっていないからだと思う。前者がないと仕事を失うが、後者はなくても仕事を失うことはない。
正直なところ本は色々読んでいるので多少の時事関連や一般教養の知識はある。それを英会話のなかでネタとして使えないということは、結局事実に対する意見をもっていないということなんだろう。「原油の値段が下がっている」という事実は知っていても、「それが産油国や非産油国に●●な影響を及ぼし、その結果●●になる。だから自分は賛成 or 反対だ」を言えない。「事実に対する自分のスタンスを表明することができない」 =「話す内容がない」ということなんだろう。
英語を話せるようになるための教育は大切だし、やるべきだと思う。ただしそれだけでは不十分で自分の意見を作る訓練も必要だ。それも色々な分野で。そうでないと業務上の会話しかできない人間になってしまう。
それはあまりにも寂しい。
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