社畜

考える社畜(エッセイ)

投稿日:

※長文です。

 

 

「我々はそんな提案を受け入れることはできない。問題外だ。」

顧客とのTeamsミーティングで私の提案は一蹴された。練りに練った提案だったが、早口の英語でまくし立てられたためか、何も返すことはできなかった。参加していた顧客のメンバーは早々とログオフしてしまい、私のチームのメンバーだけが残り、気まずいムードが漂う。とりあえず連休に入るので、まずかった点を改善して再度ミーティングを開こうということになった。

「ハァ・・・」

大きなため息。もう何もやる気力がなくなったので今日はやめだ。パソコンを閉じて宙を仰ぐ。自分の交渉の弱さに自己嫌悪しかない。思い返せば悪い点ばかりだ。何故あんなにダラダラと話したのだ。何故もっと簡潔に、スパッと、相手のメリットになる点を強調して説明できないのだ。何故もっと相手の質問にテンポよく答えを返せないのだ。仕事だろうが私生活だろうが、交渉が下手というのは生きていくうえで致命的だ。何故なら他人と関わって生きるうえで発生する考えや意見の違いは全て交渉で解決する必要があるからだ。言うまでもない。交渉が下手ということは人生で損をするということだ。そして交渉が下手な自分を見るということは、人生で損をする自分を見るということだ。畜生、なんて最悪な日だ。

 

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窓の外を見ると夕日が綺麗だった。そうか、まだ6時か。ちょっと散歩にでも行くか。在宅勤務で残業禁止、通勤時間がなくなった。最近は運動不足解消のために散歩するようにしている。近所に整備された緑道があるのだ。部屋着を着替えてランニングシューズを履いて外に出る。長袖のTシャツ1枚で暑くも寒くも感じない、心地よい気温だ。家を出て歩いて数分もするとビルがなくなって大空が開ける。夕焼が空一面に広がっている。

私は夕焼が好きだ。ちょっと雲があるほうがいい。夕焼はなんであんなに美しいんだろうか。真っ白いパレットにオレンジ色と水色の絵の具を落として、優しく、濃淡をつけて、混ぜたような色だ。沈む直前の太陽が放つ切ない光が、雲の立体感を際立たせる。白い雲はその日の最後を彩るように黄金色に輝く。地球の奇跡だと思う。コンクリートの中でカリカリしながら働く人は、夕焼けを眺める余裕なんてない。人生で美しい夕焼けを楽しめる回数は限られるのに、それを享受しないまま日々を過ごすのは、不幸なことではなかろうか。

夕焼を見ると少しセンチメンタルな気分になる。なんとなく「赤とんぼ」のメロディーを口ずさんでしまう。「夕焼小焼のあかとんぼ、負われて見たのはいつの日か」。歌詞もメロディーも美しい。私は「赤とんぼ」や「ふるさと」などの童謡が好きだ。童謡の歌詞やメロディーは単純だ。単純で、純粋で、そして美しい。だから心に響く。気落ちしているときは特にそうだ。自分で言うのもなんだが、童謡に感動できる人間で、性根が悪い人間はいないと思う。

 

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公園のベンチで一休みする。小学生と思しき子供たちが、1日の最後の遊びの時間を味わい尽くすがごとく、走り回っている。微笑ましい。子供は国の宝だ。私は独身だが、そう思う。彼らこそが今後の日本を背負っていくからだ。うるさいから保育園を近所につくるな、という人がいるそうだが、もってのほかだと思う。テレビの方がよっぽどうるさいし、低俗で有害じゃないか。

思いは私の子供時代に移る。昔は田舎に住んでいた。それはもう獣のように遊びまわった。朝は学校のグランドを走りまわり、夕方は山を駆け巡って昆虫を捕まえたり、川でザリガニやイモリを捕まえた。母の料理を餓鬼のように貪り食い、体力の限界まで遊んだ。何も恐れるものはなかったし、何も私を制約するものはなかった。確か大人になったら宇宙飛行士になりたいと言っていた。まさか20年後の自分が、独身で腰痛持ちの社畜だなんて想像もしていなかっただろう。

そんな私の子供時代に比べると、今の子供たちは本当に大変だなと思う。親の給料はどんどん下がっている。給料が下がるということは生活レベルが下がるということだ。それと反比例するように学ぶことは増えている。英語とプログラミング、そして教養だ。外国人と働く機会やネットで自分の考えを発言する機会がますます増えている。自分と違う考えの人ばかりだ。自分の意見を強引に押し通したり、汚い言葉で罵倒してくる大人なんて、腐るほどいる。排他的にならず相手の意見を受け入れながら生きていくことは、大変なエネルギーを伴う。その困難を受け入れて他人と上手くやっていくこと。単に譲歩するだけでなく、それもWin-Winな形で。そういう気がいを養うには、やはり教養が必要じゃないだろうか。

学校の授業だけ聞いておけばいい時代ではもはやなくなった。時間が有限で学ぶべき内容が増えているということは、何を優先して何を捨てるかを自分で判断していくしかない。そんなことを子供時代の私ができたとは到底思えない。それをちゃんと分かっている大人が、子供を後押していくしかないんじゃなかろうか。ただし大人も大変だ。子供はネットで簡単に情報を手に入れるし、知識だけなら大人以上に「物知り」になるだろう。すごいスピードで知識を獲得していく子供を教育するには、大人にもっともっと教養が要求されることは間違いないだろう。それは知識を正しく使うための教養だ。知識の間違った使い方は、無知より有害だからだ。

 

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なぜ私は社畜なんだろう。なぜ顧客や上司にボコボコにされながらも働くのだろう。金のためだろうか?いや、それならサービス残業しているのと矛盾している。やりがいだろうか?そうかもしれない。気に食わないことは多いのは確かだが、今の仕事にやりがいを感じている。ではなぜやりがいを感じているのだろうか。思い通りに物事が進まないのに?交渉も下手くそなのに?手を動かしてるわけでもない評論家みたいなやつに横から口出されて歯がゆい思いをしているのに?疑問が湧いてくるがうまく答えが見つからない。「教養が必要」とか偉そうに言っておきながら、結局自分のやりがいの源泉すら理解していないじゃないか。私は評論家が嫌いだが、けっきょく自分も評論家じゃないのか。わけがわからなくなってきた。そもそも気分転換しに公園に来たのに、なぜ私は頭を抱えているのだろう。私が子供時代に想像した大人は、もっと自信たっぷりで、確固たる思想を持ち、首尾一貫して、行動力を発揮する大人だったはずなのだが・・・。

そんなことを考えていると、いつの間にか子供たちは帰ってしまった。公園に残されたのは私一人だった。暗くなってきた。そろそろ帰ろうか。ベンチから腰を上げて家に向かう。帰りは少しコースを変えて違う景色を楽しむ。会社帰りのサラリーマンもちらほら歩いている。外出禁止令が出ているが出社しているのだろうか。彼らもやむを得ない事情か社内のハンコ文化のせいで出社しているのだろうか。この時期に出社するのは賛成できないが、同じリーマンとしてご苦労様と労わりの念を禁じ得ない。

 

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家の近くの小さなスーパーで缶ビールを1本買う。週末のささやかな楽しみだ。帰宅してビールを冷凍庫で冷やす。風呂で体を清めた後、冷蔵庫の肉と野菜で野菜炒めをつくる。隠し味は昔タイで大量に買ったナンプラーだ。具材をナンプラーと砂糖と塩コショウで炒めるだけで、味に深みが出て旨くなる。野菜炒めと冷奴をつまみながら、冷えたビールを楽しむ。最高にうまい。開けた窓から吹いてくる風が気持ちいい。

なぜ週末のビールがこんなにうまいのか。たった250円のビールなのに。それはやはり、仕事で苦労しているからじゃないだろうか。そういえば若手のころ、鬼上司にボコボコにされて精神的に病む寸前まで追い込まれながらも何とか終わらせた案件があった。長期間にわたる難しい案件だった。私だけでなく、鬼上司も、そして仕事に携わった多くの人が傷ついた案件だった。ある日、その案件がついに終わったと知らされた。顧客からは感謝の言葉をもらった。さんざん手こずった、自己主張の塊のようなドイツ系アメリカ人のオッサンだった。その日の夜に私は独りで乾杯した。そのとき飲んだビールの味は最高だった。自分が完璧な人間であれば、何事も思い通りに進めば、何の苦労もなければ、味わえなかったと思う。

働く意味とは、やりがいとは、こういうことなんだろう。今はこれでいいのではないか。時が経って環境や立場が変われば、その時々で働く意味も変わると思う。これからも公園のベンチに座って、あの美しい夕焼を見ながらゆっくり思索する時間を持てば、考えをもっと崇高なものへと昇華させることができるはずだ。人間は考える葦とはよく言ったものだ。考える、か・・・。

「考える社畜」というのも悪くはないな。涼しい夜風を感じながら、そう思った。

 

 

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執筆者:


  1. アバター deds より:

    戦ってる相手が敵だったら、ビールがうまいかもしれない。
    ただし、味方と闘わなければならなくなった時どうしようもなくなった。

    • chandra11 chandra11 より:

      コメントありがとうございます。

      >味方と闘わなければならなくなった時どうしようもなくなった。

      ちょっと、考えさせられるコメントですね。
      私もそんな経験あります。やりあって、後味悪く終わったこともあります。
      確かにビールは不味かったですね。

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