世界で初めてインデックス・ファンドを設定したジョン・ボーグル氏の著書「人生のダイヤモンドは足元に埋まっている」からの抜粋。
現在ではほとんど忘れ去られてしまったが、投資と投機は、昔から明確に区別されている。近代経済学で投資と投機の違いを最も巧みに定義したのは、イギリスの偉大な経済学者のジョン・メイナード・ケインズで、1936年の「雇用・利子および貨幣の一般理論」にそのことが書かれている。
ケインズは、投資を「エンタープライズ(企業)と呼び、「資産の全存続期間にわたる予想収益を予測する活動」と定義し、投機を「市場の心理を予測する活動」と定義した。無知な大衆が愚かな判断をして投機に走り、プロの運用マネージャーがその投機を差し引いて考えられなくなると、マネージャーたちはしだいに投資から投機に移行し、ついには完全な投機家になる可能性がある。ケインズは、このことに強い懸念を示していた。
ケインズによれば、予測する「対象」が違うんですね。
投資:予想収益を予測する活動
投機:市場の心理を予測する活動
これを踏まえてボーグルが著書で述べているのは;
期間を非常に長くとってみると、株式から得られるリターンはすべて、「投機」ではなく「投資」によって、すなわち、企業に対する資本投下という生産的な力によって生み出されているのだ。
このことは、歴史が物語っている。たとえば、1900年から2007年を考えてみると、株式によりリターンの合計は年平均9.5%で、そのうち配当利回りの寄与が4.5%、利益成長の寄与が5.0%だ・・・
私は、株価収益率 (PER)の年間の変動率を「投機リターン」と呼んでいるが、この期間の投機リターンはなんとゼロだった。つまり1900年も2007年もほぼ同じように、企業の収益1ドルに対して投資家が15ドル強を投資している (PER=15倍)。
つまり長期的に見れば、株式から得られるリターンは、企業が生み出す比較的予想しやすい投資リターンという現実にかなり近いということだ。まったく予想のつかない市場参加者の判断が、一時的な株価や、投機リターンをもたらすPERの変化に影響を与えることはあっても、本質的な影響はまったくないのだ。
長期で見ると、株式リターンを支配するのは企業の経済性であり、短期的には感情が支配していても、いずれその効果は消滅する。
投機:市場の心理を予測する活動
言い換えれば「みんながこれから買いそうだから買おう」というのが「投資」ってことですね。
ちなみに英語で「投資」はinvestment、「投機」はspeculation。”speculate”は「少ない情報をもとに推測する」という意味なので、investとは違って「予想」に重きを置いていることが分かります。Investopediaの解説が分かりやすい。
Whenever a person spends money with the expectation that the endeavor will return a profit, they are investing. In this scenario, the undertaking bases the decision on a reasonable judgment made after a thorough investigation of the soundness that the endeavor has a good probability of success.
But what if the same person spends money on an undertaking that shows a high probability of failure? In this case, they are speculating. The success or failure depends primarily on chance, or on uncontrollable (external) forces or events.
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