人類の歴史で最も重要な発見だと私が思うのが生物の遺伝情報伝達のメカニズムです。
遺伝情報とは親から子に伝わる情報。この遺伝情報はDNAの塩基配列として保存されていますが、この遺伝情報がどのように伝達されるのかを解明したのが生物学者のフランシス・クリックです。氏はこの過程をセントラル・ドグマと名付けました。
セントラル・ドグマの全容を理解するには色々な分子の名前が出てきて難しく感じるのですが、ざっくりいうと、(1) DNAのコピーが複製される (2) 複製されたDNAの情報が読み取られてRNAが作られる (3) RNAの情報をもとにたんぱく質が作られる、です。
この(1)~(3)が正しく行われることで、遺伝情報が伝わっていく。言い換えると正しく行わなければ遺伝情報が伝わらないということです。
今回とりあげたいのが、セントラル・ドグマのうちDNAの複製の部分。実はDNAの複製過程はわざとコピーミスを誘発するかのような仕組みになっていて、この仕組みこそが進化の原動力となっているという面白い説があります。これは不均衡進化論と呼ばれていて日本の研究者が提唱したものです。
DNAは二重らせん構造をとっていることは誰でも知っていますが、ではなぜ二重らせん構造なんてややこしい構造をとるのか不思議に思いませんか?実はこの二重らせんにこそ、その秘密がある。
二重らせん構造をとるDNAが複製されるには、次の手順を踏みます。下の図を参照。
まずはDNAの鎖がほどかます。チャックを下ろしてジッパーを開いていくイメージです。そしてDNA複製酵素がDNAの塩基配列を読み取って鎖のコピーを作っていくのです。
ここで面白いのは右の鎖と左の鎖でコピーのやり方が異なるということ。DNA鎖は上から下に開いていくのですが、右の鎖はDNA複製酵素によって上から下にスーッと読み取られてスムーズにコピーが作られていく。
問題は左の鎖。左の鎖は分子の構造上、上から下にコピーしていくのではなく、下から上にチョッとコピーしては下に大きく下がり、また下から上にチョッとコピーしては下に大きく下がり・・・を繰り返していくんです。
右の鎖の複製は明らかに簡単でミスなく複製ができる。一方で左の鎖の複製はミスが起きやすい。ミスなく複製が起きるということは情報が保存されるということ。一方で複製にミスが起きるということは突然変異が起きやすいというと。
つまりDNAは二重らせん構造という不思議な構造をとることによって、その複製の過程で「情報の保存」と「情報の変革」の両方を行うことができる。これが不均衡進化論の主張です。
これは本当に面白い。生物は情報の保存ばっかりやっていたら進化しない。わざと突然変異を生み出すことで親より環境に適した個体が生まれて進化していくことができる。その突然変異の起源がDNAの構造にあるということは、すごく不思議だと思います。
で、このDNA複製過程に「情報の保存」と「情報の変革」があることは、株価変動モデルに似ているな、と思ったのがこの記事の趣旨です。株価変動モデルは前の記事で紹介しましたが再掲します。
株価の動きは「株価が安定して一方向に動く」というドリフト項と「株価がランダムに動く」というウィーナー過程の組み合わせでモデルされます。
このモデルはDNA複製過程で起きていることと似ていると思います。つまり、「株価が安定して一方向に動く」=「DNAをミスせず複製する」。「株価がランダムに動く」=「DNAの複製をミスして変異種」を生み出す。
株価がウィーナー過程に従ってランダムに動くとは、つまり株価の動きがリスクをもつということです。株価は上がるかもしれないし下がるかもしれない。DNAの複製にミスが起きるということも同様で、進化にリスクが生まれるということです。複製ミスで生まれた変異種が親より環境に適応できた場合は種が強くなるし、適用できなかった場合は絶滅する。
「保存」と「変革」のダイナミクスが、株価とDNA複製に共通しているというのは、とても興味深いと思います。
そういえば、最近はやっている経営理論に「両利きの経営」という理論があるのですが、この理論にも「保存」と「変革」を見ることができます。ざっくりいうと、経営者は「既存事業の強化」と「新規事業の創出」の2つを実践しろというものです。株価変動、DNA複製と同じ文脈でみると、前者が「保存」、後者が「変革」といえるでしょう。
今回上げた例は全然違う分野ですが、「保存」と「変革」という共通点があることは新しい発見でした。もしかしたら他の色々な分野でもみつけることができる普遍的な性質なのかもしれません。
本の紹介:
不思議なDNA複製メカニズムは「生命のからくり」がくわしいです。
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